Inleiding tot de R-statistiek

統計学全般に関する備忘メモの書庫(三中信宏)

「帰納とアブダクションのちがい」

受講生のひとりから個人メールで下記の質問が届きました.おそらく他の受講生のみなさんにとっても関心があるかもしれませんので,やりとりをかいつまんでレポートしておきます:

【質問者】演繹と他の二つが決定的に違うのはわかるのですが、帰納アブダクションの違いがよくわかりません。例えば、「ネズミを追いかける猫が発見された」という事象が10回繰り返されたとき、帰納により「(おそらく)全ての猫はネズミを追いかける」と結論するのと、アブダクションにより「猫はネズミを追いかける」という仮定を採用して説明をつけるのはどう違うのでしょうか?

【みなか】「帰納」は「個別事例から一般法則を推論する」ということですが,「アブダクション」とは次の二点でちがいがあります:

1)アブダクションでは「対立仮説(競合仮説)」との競り合いが前提となる.

2)アブダクションは推論結果が真実であることを要求しない.

帰納」ということばは,上記の論理学的な文脈(講義ではそれについて話しました)と,それとは別の認知心理学的な文脈(発見の心理学)のふたつで用いられています.ご質問の点はおそらく後者に関わるのではないかと思いますが,私は前者の用法で「帰納」を用いています.

さらなるやりとり--

【質問者】アブダクションは対立仮説との競合があるという点は理解しました。ですが、先生のおっしゃるとおり、「帰納」は「個別事例から一般法則を推論する」ので、例えば「ネズミを追いかける猫が発見された」と言う事象が何回繰り返されたとしても、その次に「ネズミを追いかけない猫が発見された」という事象が起こることが無いとは言い切れないので、帰納によって導かれる結論は常に真とは限らない、というのが、僕の調べた範囲での理解なのですが…先生のおっしゃった二種類の帰納と関係しているのでしょうか?帰納の結論が常に真であるということについて教えていただけないでしょうか?

【みなか】「帰納によって導かれる結論は常に真とは限らない」という点はもちろんその通りですね.帰納による論証は個別データの積み上げにより「真なる一般法則」を目指すわけですが,それがそのまま成立するわけではありません.だからこそ,カルナップのように,帰納論理学を構築することにより,データが蓄積されることがある仮説が真である確率をどのように増やすのかという考察がなされてきたわけです.その裏返しが,ポパー反証主義ということになります.

なお続くやりとり--

【質問者】では、「導かれる結論は常に真とは限らない」この点において帰納アブダクションは同じであり、双方とも「データの蓄積から、最も尤もらしい仮説を探し出す」という目的を持っており、ただ、「対立仮説との競合が前提にある」という点でのみ両者は異なるという理解でよろしいでしょうか?

【みなか】帰納の場合,目的は「一般的法則」の立証にあります.伝統的な論理学では,クラス(類)に関する普遍法則だけが考察の対象でしたから.ところが,進化学や統計学の対象は必ずしも普遍的なクラスではなく,時空局在的な対象に関する仮説を相手にしています.そのような時空局在的な対象に関する推論は論理学でいう帰納の範疇には入っていません.アブダクションはこの後者の対象に関する推論をすることができるというちがいがあります.

これくらい質問してもらえると張り合いがあるというものです.